(d) ケラーのPSI(個別化教授システム)
早稲田大学人間科学学術院准教授 向後千春氏は、PSI(個別化教授システムラ)を取り入れたeラーニング※(6)を研究している。向後氏によると、PSIは、1960年代にアメリカのフレッド・ケラーによって考案された授業の方法で、当時のアメリカの大学で広く取り入れられた。
その特徴は、まず周到に作られた独習教材を使って、各学習者個人が自分の学習ペースで単元の学習を進めていく、次に各単元の内容を完全に習得したことをプロクター(学習指導員)がテストをすることで確認しコースを進めていくところにあるといわれている。
PSIでは教員は教室で講義をする必要はなく、内容はすべて印刷された独習教材として学習者に配布されているので、学習者は講義を聴くのではなく、各自が自分の最適なペースで教材を学習していく。教員の仕事は、学習者のための独習教材の作成と習得確認テスト、理解が進まないときの個別の対応などである。一斉授業では、到達度の差異や学習進度などが障害となり離脱者も出てしまうが、PSIは、学習者同士の教え合いが自然発生的に起こり、和やかでなごやかな学習活動になるとして、うまく進めるポイントとして次のことを挙げている。
◎ 独習を可能にする・・・分かり易いテキストの作成と、学習者のペースを常にフォローする仕組み作りが大切。
◎ 完全習得を保証する・・・学習を確認するための通過テストと、満点に近い基準点を取るまで何回でも受けられるテストによる完全習得による深い学習の促進。
◎ 学士課程教育への適用・・・競争としての勉強ではなく、知識とスキルを自らの身につけるための学習方法として大学に必要。eラーニング教材は印刷教材よりスケールメリットが大きい。
美術教育こそ、この個別化教授システムが有効であろう。これまでも有能な教員は、全体指導でできること、個別指導でできることをうまく使い分けて実践している。創造的な活動の大半は個別指導であり、大半は観察による学習への方向付けに費やされていくと考えられる。しかし、形態は個別指導であるが、このPSIのように学習テキストの作成は容易ではない。それは一定の技術の説明や解説は可能であっても、技能に結びつけるには実戦による経験が伴わなければならず、その場や設備の設定抜きには行えないからである。環境と人(指導者)との整備が共に必要なのである。
(e) ガニエの学習指導理論
鈴木克明氏*(7)(8)は、視聴覚メディアの選択は、学習者に何をどのように示すかということが決まってから学習課題の要求する最低限必要なメディア属性を備えた簡単なメディアを選ぶべきであるとし、学習効果の向上につながり容易に適用できるモデルとしてガニエの学習指導理論を取り上げている。
そしてその際には、第一に学習の目的は何か、第二にそれらの目標はどの学習成果のカテゴリーに属するか、第三に授業の場面、第四に学習者に読む力が十分にあるかを確認する必要があるとし、授業メディア選択にかかわる要因として、一つは学習効果を規定する要因、もう一つはコストなどの実際的要因を挙げている。また、各メディアの効果的な選択と使用方法として、「知的技能」や「認知的方略」の習得には、学習者の反応に対する詳細な矯正的フィードバックできる(誤答の原因となった下位目標をやり直させる)教師やコンピュータを、「言語的情報」の習得にはより大きな文脈あるいは情報館の組織的構造を図で示すことができるメディアを、「態度」の習得には最も望ましいと思われる人間をモデルとした動きを描写できるメディアを、「運動機能」の学習には筋肉を通して与えられるフィードバックが不可欠でより実物的なメディアを提案しており、学習に効果のあるメディアの選択は、それを使う必要の有無とその使い方によって決まると述べている。
美術教育では、実演がその指導方法の一つに当たると考えられる。また、実演が難しい場合は、紙面や画像、動画による解説も現在では容易に行える環境が整備されてきた。では美術教育におけるメディアとは何だろうか?これまでは、実物、図版、スライド、解説、手本、ビデオなどが用いられ、それぞれの目的や場面に応じて使い分けられてきた。私は、美術教育においては実物や実演が最も効果的なメディアだと考えてきた。実際にそれを見たり触れたりして体験することであり、それに勝る方法はないであろう。今では情報機器の普及やネット環境の整備などによって、いつでも何処でも誰でもが自分の求める情報を手に入れられる環境が整ってきている。困ったことが何かあれば、まずはネットで検索してみるというのは私だけではないだろう。どれだけその情報を信頼するかは各自の判断に委ねられているが、情報の統制や偏りを防ぐにはその部分も必要かもしれない。情報活用能力をフルに活用しなければならない時代である。
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