題材1「手作りペン画」

by Gasho

 この題材は、平成元年頃から美術の最初の授業で行ってきたもので、まず星野富弘氏の「花の詩画集」VTRを鑑賞して作者の生き方から表現について考えようというものである。続いて、 タッパを持って校庭へ出かけて落ち葉や枯れ枝などのモチーフを集め、手づくりの竹ペンで描 写し彩色していく。ものをじっくり観察しながら、自分なりの表現の大切さを感じ取れるようになることが目標である。

題材の目標

星野富弘「花の詩画集」VTRの鑑賞

 作者の生き方から学ぶとともに、物をじっくり観察することを通して、自分なりの表現の大切さ を感じ取れるようにする。

手づくり竹ペンで校庭の落ち葉を描く

 校庭を散策して描きたい素材を探し、手づくりの竹ペンでそれをよく観察して描くようにする。 自然の 形の美しさや巧みさなどに気づきながら、自分なりの表現方法で制作することの大切さを知る。 ペン画の特徴である緊張感によって集中力を養うとともに、描写力の向上を目指す。

題材の評価規準

関心・意欲・態度発想や構想の能力
全身で校庭の自然を感じながら、描きたいものと出会おうとしている。集中して取り組むことができている。感性を働かせて、自然の中の形や色の美しさ を感じ取り、自分なりの表し方を工夫してい る。
創造的な表現の技能鑑賞の能力
自分の好みにあった線が描けるように、ペンを 工夫して作っている。淡彩画における水彩絵の具 の使い方を理解し、自分の表現に合わせて使うこ とができている。制作過程を振り返って自分の表現を見つめ直 したり、展示した作品を鑑賞したりして、次の 制作に生かそうとしている。

主な学習内容と評価

学習内容(時間数)ポイント評価の観点評価方法材料・準備物など
1 導入(2)
・ 題材 説明
・ 星野富弘「花の詩画集」 VTRを鑑賞する。
・ 感想文をスケッチブックに貼り付ける。
◎「絵がうまくなりたい」とのぞむ生徒の多くは、そのための技術習得を願うが、「何のために描くか」が大切であるかをこのVTRで考えさせたい。
*アドバイス ①参照
*アドバイス ②参照
○自分とは違った物の見方やとらえ方、線や形の表し方を知り、その良さや特徴を認めることができる。
(鑑賞の能力)
① 収集時の観察記録・星野富弘「花の詩画集」VTR
・感想文用紙
・参考作品
2 素材集め(1)
・ 入学したばかりの校庭を散策して、描きたい素材を集める。
◎身近な素材ほど、愛着が生じる。学校に入学した喜びと不安、これからの生活への期待を落ち着いた気持ちで取り組めるようにさせたい。○全身で校庭の自然を感じながら、描きたいものと出会おうとしている。 集中して取り組むことができている。
(関心・意欲・態度)
② 制作過程の記録・タッパ
3 制作(5)
・ 竹箸を削り、自分に合ったペンを作る。
・ 完成後に切り取れるように、スケッチブック (A3)の真ん中に描くようにする。
・ 出会ったときの感動を大切にして、収集物の特徴がよく表れるように配置する。
・ 形や色をよく観察し、自然の美しさや巧みさを感じながらペンで描写し、水彩絵の具で淡彩する。
*「墨入れの作り方」参照
*「竹ペンの作り方」参照
アドバイス ③参照
アドバイス ④参照
アドバイス ⑤参照
○自分の好みにあった線が描けるように、ペンを工夫して作っている。淡彩画における水彩絵の具の使い方を理解し、自分の表現に合わせて使うことができている。
(創造的な表現の技能)

○感性を働かせて、自然の中の形や色の美しさを感じ取り、自分なりの表し方を工夫している。
(発想や構想の能力)
③ 作品(観点別)
○ペン
・使いやすさ
・小刀の使い方
○淡彩画
・構図や大きさ
・特徴のとらえ方
・彩色時の明暗の調子
・塗り方
・総合的な表現技能
・竹箸
・小刀
・墨入れ
・スケッチブック
・水彩絵の具一式
4 まとめ(1)
・互いの作品を鑑賞し合う
◎生徒は、身近な友達の絵などから影響を受けることが多い。自分が関心をもった表現は互いの作品から、それぞれの取り組む姿勢や使われている技法を読み取り、自分の表現に生かそうとしている。○制作過程を振り返って自分の表現を見つめ直したり、展示した作品を鑑賞したりして、次の制作に生かそう としている。
(鑑賞の能力)
④ 作品の感想文・作品

作品をラミネートし、展示しやすくするとともに、長期間保存できるようにした。

「ラミネートの活用」参照

題材の特徴

ポイント① 表現するとは

 星野富弘さんは、首から上しか動かせない体のため、ベットに横になって妻に助けられながら、口に割りばしペンをくわえて少しずつ懸命に描く。その姿と絵を見て、感動を受けな い人はいない。絵は、技術から始まるのではなく、表現を切望する心構えから始まるという ことを感じさせてくれる。ビデオの鑑賞後に書いた感想文を、スケッチブックの表紙の裏に 貼り、これから使う度に思い出せるようにした。

 見た人に感動を与える作品について考えることから、最初の授業はスタートする。

ポイント② 竹ペンを作る

 鉛筆を小刀で削った経験のある生徒は、年々少なくなっている。 道具を作るための道具でもある小刀を、是非体験させておきたいと考えた。素材には竹の割りばしを使い、鉛筆削りの要領で先端をとがらせ、何度か書き味を試しながら、自分の好みの線が出るように調整していく。墨入れには小さなタッパを使い、吸水性の良いスポンジに墨滴を染みこませ、こぼれにくいように工夫した。すべてホームセンターで材料を揃えた手づくりである。

 割りばしを使い、鉛筆削りの要領で先端をとがらせ、何度か書き味を試しながら、自分の好 みの線が出るように調整していく。墨入れには小さなタッパを使い、吸水性の良いスポンジに墨滴を染みこませ、こぼれにく いように工夫した。すべてホームセンターで材料を揃えた手づくりである。

ポイント③ モチーフは校庭にある

 VTRを鑑賞後、手に乗るぐらいのタッパを持ってみんなで校庭に出かけた。入学して初めて出会う校庭の草花である。4月の頃は、まだ秋に落ちた木の葉が残っている。気に入ったもの を何枚か拾う。木の実や、小枝でもよい。生きている草花はすぐに変色してしまい、何週間 にも渡る素材には適さない。

ポイント④ 緊張感から集中力アップへ

 竹ペンに墨を付けて描くので、間違っても消すことができない。緊張するが、その分集中力が増す。できるだけゆっくり描くように助言する。 思い込みで描いている生徒は、手元を見て描いている時間が長い傾向がある。せっかく目の前にモチーフがあるので、じっくりと観察しながら描くように助言する。

アドバイス ① VTRを鑑賞した感想文

 このVTRは、約20年前にNHKで放映されたものである。中学校の体育教員だった星野富弘さんは、体操の指導中に鉄棒から落下して頸椎を骨折し、首から下が動かなくなってしまった。ベットの上で口に筆をくわえ、妻に助けられながら花の絵を描く姿は、見た人の心を揺さぶる。自分の生き方はこれでいいのだろうか、自分 にもできることがもっとあるのではないだろうかと、多くの人たちはそんな気持ちに駆られる。

 これまで千人を超える生徒たちとこのVTRを鑑賞してきたが、感動を綴った生徒の感想文を目にするたびに、できるだけその気持を忘れずに創作活動を続けていってほしいという気持ちを強くもつようになった。

 そこで、感想文をスケッチブックの見開きペ ージに添付することにした。スケッチブックを開くたびに、VTRでの感動が脳裏をよぎるだろうと考えたからである。私もこれまで、数え切れないほどの感動を体験してきたが、それを持続する難しさを感じている。何年か経って本当に忘れてしまった頃、この感想文が役に立ってくれたらと思うのである。

アドバイス ②  VTRからペン画と水彩画の魅力を感じる

 このVTRに写る星野さんの姿は、真に迫った記録映像だけに、単なる技術解説にない説得力がある。

絵の具の混色の仕方、筆の運び方、余白の残し方、運筆など、水彩絵の具の基本的な使い方と実践が端的に見て取れ、技術書のような解説がない分、鑑賞者の読み取ろうとする意志が働くように思う。

 実際の技術指導においても、言葉での解説よりも、やって見せる方が効果があり、さらにまねて慣れながら徐々に自分のものにしていく必要がある。

 解説書などでたやすく入った知識は、忘れるのも早く定着しにくい。反対に何年もかけて自分の身体の一部になった技能は、考えなくても身体を自然に動かしてくれる。そのレベルが高いほど、創造の幅が広くなる。

アドバイス ③ モチーフを見る時間と手元を見る時間の関係

 対象物の形をしっかりとつかみ取れている生徒と、そうでない生徒との大きな違いは、対象物を見る時間の長さと見方にあると思われる。

 例えば、木の枝が幹から分かれるとき、幹も枝と反対方向に少し傾く。変化させずにまっすぐに描いた絵と、そのように描いた絵を同時に見せると、ほとんどの生徒は本当の形に気づく。

 しかし、普段私たちは見ているようで見ていないことが多く、意識しないと目の前にあるものでも見えないようになっているらしい。

 私たちの周りにはあまりにも多くの情報量があり、すべてを処理することができないので、生きていく上で最も必要なものから処理しているというのである。普段私たちは、そのことを

 私たちの周りにはあまりにも多くの情報量が あり、すべてを処理することができないので、 生きていく上で最も必要なものから処理しているというのである。普段私たちは、そのことを意識していないので、いつも見ているのにどうして形を正確に思い出して描けないのだろうと悩むことになる。

 私は、写実的な表現を可能にするためには、ものを意識の対象下に置いて自然のフォルムを鋭敏に感じ取れる感覚を常に働かせるようにするとともに、平面を立体的に錯覚させる透視図法などの技法を理解し習得していくという二つのことを同時に学習していく必要があると考えている。

 これまでは、後者に対する指導が多く実践されてきたが、前者のような見え方について意識し、その優先順位を上げていく指導法が重要ではないかと考えている。

アドバイス ④ 線の強弱で立体感を表現する

 ペンの彩色画では、線描した物に着彩すると いう技法が多く用いられるが、気をつけないと 塗り絵風になりがちである。

 そこで、輪郭について少し考えてみたい。

 物には実際には輪郭は無い。物と周りの物との間に境目があるだけだ。数学でいうところの点が移動してできる軌跡としての線の概念と同じで、太さも無いはずである。

 物の輪郭を線で描写する際の状態を考えてみると、便宜上目に見える線にするという以外に、形の単純化や象徴化が行われていることに気が付く。漫画やイラストはその良い例である。

 漫画が分かり易いのは、物の特徴を端的にとらえるとともに、デフォルメや省略を巧みに用いて多くの人が理解できる視覚的共通言語で表されているからである。

 また鉛筆で描写する場合は、線の集合によって面を作り立体感や質感などを表現するが、ペン画の場合は性質上濃さを変えるのは難しく、線で面を作ると強い調子になってしまう。

 そこで、ペンの方向や力の入れ具合で線の太さを変えて立体感をもたせたり、線をとぎれさせて空間を感じさせたりするたりする毛筆画にも用いられる手法を習得させたい。

アドバイス ⑤ 自分流のペンを作る

 手づくりのペンには、自分流の線を作り出せる楽しみがある。市販のものは使いやすいようによく研究されている。

しかし、例えばチューブになった絵の具は、いつでも手軽に描けるように工夫された優れた画材であるが、絵の具の緑が自然の緑であると思ってしまったり、絵の具が何でできているのかということも考えたことがないということも起こってしまう。

 ときには、道具や用具を手づくりしてそれらの考え出された経緯を追体験してみるとよいだろう。

 「竹ペンの作り方」の図3のように、ペン先を2つに割って万年筆のように墨の溜まり場を作ると、長い線が引けるようになる。

 ペンの材質や削り方によって線の調子も変わるので、何度も試し描きをしてみて自分好みのペンになるようにしたいものである。

墨入れの作り方

1.「タッパ」

100円で3個パックのビニールタッパを使い、1クラス(44個)分を用意した。

2.「吸水スポンジ」

吸水性のよいウレタンスポンジを、タッパに入る大きさに切った。100円で6枚分取れる。

3.「墨滴」

タッパと同様、100円ショップで購入したもので、原液では少し濃いので、2倍位に薄めて 使っている。

4.「貸し出し用セット」(1クラス42人分)

竹ペンの作り方

①「切り出し小刀の構造と研ぎ」

 カッターナイフの場合は、刃は鋼だけでできており、切れなくなったら折って新しい刃を使用するが、すべて鋼なので刃が欠けやすい。

 小刀の場合は、図1左のように鋼に軟鉄を合わせることによって、削ったときの力が柔らかい軟鉄で逃がすようになっている。

 さらに、図1右のように鋼の裏部分を窪ませることによって、削りかすを逃がして抵抗を少なくしている。研ぐ場合は、まず表面を荒砥で形を整えてから仕上げ砥石で返りが出るまで研ぎ、次に裏面を砥石にぴったりと付けて返りがなくなるまで数回研ぐ。

 裏面の鋼は、錆びないように油などで磨き、使った後の手入れを十分にしておく。刃物は、刃を研ぎ出すことによって、相当長く使用できる。

② 「ブレーキとアクセル」

 小刀の使い方は、右写真のように利き手で小刀を持ち、もう一方の親指を小刀の背の部分に当てて他の指で割りばしを包み込むようにして持つ。 なって進みすぎるのを防ぐことになる。

 荒削りでは、利き手に力を入れるが、細かい作 業の工程では、利き腕は小刀が安定する程度に握 り、実際に削るのは刃の背に当てた親指の押す力 と、親指以外の握っている他の指で手前にしゃく る動作によって削っていくようにする。このとき、利き腕は刃が進みすぎないように、 心持ち手前の方に戻す気持ちで持つとよい。

③ 「先端から削る」

 慣れないうちは、先端から少しずつ削っていくようにすると抵抗が少なくて済み、削りやすい。墨が溜まるように、図3のように真ん中で割ったり、さらに割れ目の途中に錐で穴を開けて万年筆のペン先のようにしたりして工夫すると楽しい。

④「試し書きをして調整する」

 実際に墨を付けて描いてみないとどんな線が描けるか分からない。ペン先の形状を様々に変えて試し描きし、気に入った線になるまで削って調整していく。