「教えないように、教える」とは、学習者が、自分で答えを見つけられるように導くこと、
あるいは、学習者が、自分で思いついたり発見したりできるような「しくみ」を作ること、と考えている。
この学習方法は、どの教科においても有効であると思われるが、表現にかかわる美術教育においては、最も重要なことではないかと考えている。『教える』が「やらせる」や「分からせる」になってしまうと、とたんに技術や技能は身に付かなくなり、表現も強いられたものになってしまう。表現活動は、自発的に行われることが望ましいと思うのである。
よく、「絵を見るのは好きだが、描くのは苦手だ」という言葉を聞くことがある。苦手になってしまった理由の一つとして、小学校高学年から中学校にかけて芽生える写実的表現でのつまずきがあったと考えられる。この時期には、自分も周りも写実的な表現に対する評価が高くなってくるが、自分の表現技術がそれにともなわないと感じたときにコンプレックスとなり、それが苦手意識へと結びついていくと考えられる。この時期に、興味の対象が造形に向いているいわゆる「絵を描くことが好きな子」は、様々な表現方法を自ら試みるので、写実に必要な技法を獲得していくことができる。
大切なのは、その時期に造形活動が好きな状態でいるということである。この時期をうまく乗り越えられなかった場合は、知識的な要求が先行してしまい、技能面での遅れが苦手意識へとつながってしまう。造形表現を発達段階と発達要求の面から見てみると、幼年期の「なぐりがき」から「様式化」への時代、少年期の「図式化」から「写実の芽生え」への時代、青年期の「写実表現」から「抽象表現」への時代、そして壮年期の「自己結実」の時代へと変化していく。
では、幼年期から少年期にかけて十分に発達要求が満たされずに育った高校生には、美術教育をどのように進めたらよいのであろうか。それぞれの発達段階において要求が十分に満たされなかった場合は、その段階までさかのぼり、それらが満たされるまでやり直す必要があり、段階を飛び越えて次へと進むことはできないと考えている。楽しみだけではなく、苦しみも味わいながら自らの表現を求めて追求する。それが創造の喜びそのものであると思うのである。
このサイトでは、幼年期や少年期に獲得できなかった技能や表現技法を、「自ら発見できるしくみ」で取り戻し、各発達段階での要求に応じた表現へと導くことを最大の目標にしている。