私が勤めた最初の2校10年間での経験が、この本の大テーマである「教えないように、教える」の考えに至らせたといえる。それは、様々なタイプの生徒を前にして、とにかくだれにでもできる、やる気の出る題材を開発することが最優先課題になったからである。
そこで私は、美術が好きな生徒はどんな題材にも意欲的に取り組むことができるだろうと考え、まず「嫌い、苦手」と感じている生徒を中心に据えた題材や指導方法を工夫することにした。
美術が「嫌い、苦手」になった原因としては、「うまくできた経験がない」「ほめられたことがない」などの技術的な面でのコンプレックスから起こっている場合や、「失敗が苦い思い出になっている」「自分の作品や考えを否定された」「先生の価値観と食い違っている」などの、マイナス要素から起こっている場合が考えられる。
そこで、例えば「うまくできた経験がない」「ほめられたことがない」に対しては、題材自体にほめやすい要素を取り入れることや、その生徒自身の上達度や習得度の差異、意欲や姿勢などを鋭く観察して、「ほめるチャンスをうかがう」ことが重要だと考えた。
また、「失敗が苦い思い出になっている」「自分の作品や考えを否定された」に対しては、失敗の原因を生徒自身が見つけられるような段階を追った到達目標や、生徒の力量に応じた技術の習得方法などを取り入れた題材を工夫するとともに、そもそも技術の習得は失敗を積み重ねてされていくものであり、失敗の必要性を伝えたいと思った。
現時点でできないことを恥ずかしく感じたり卑下したりするのではなく、何事も失敗を重ねて習得していくものであるということを理解できるようにしたいと考えたのである。
「先生の価値観と食い違っている」に対しては、指導者側の評価方法や題材の目標などを明確に示すこと、またそれが一方的なものではなく生徒の発達段階や到達度、関心事などに応じた設定ができているかを点検しながら柔軟に対応する必要があると考えた。
これらのことをまとめると、
○ 現時点で興味をもっていることや、興味をもつだろうことをテーマに取り上げ、
○ これまで使ったことがないと思われる素材や材料を用いて新鮮な気持ちにさせ、
○ 失敗してもやる気をなくさないように、やったことが自分のものになってきているという充実感を味わいながら、
○ いつの間にか熱中していき、
○ 案外美術って面白いな、これからも続けたいな、と思うような題材や指導方法を開発する。
ということになる。次にそれらを10のポイントに分けてもう少し詳しく述べていきたい。