① 作業性を取り入れて、集中力を付ける
落ち着きのない生徒にやる気を出させ、最後まで根気よくやり遂げられるように導くにはどうしたらよいだろうか。
私は、こう考えている。一つ一つの到達目標をなるべく低く設定するとともに、作業的な要素を取り入れ、これなら自分にもやれそうだという気持ちが起こるようにする。一つ一つの達成感がそんなに大きくなくても、積み重なることによってだんだんとやる気が増し、それに伴って集中力も増してくる。そして、最初はとても無理だと思っていた大きな目標にも、いつの間にか到達することができ、やれたという自信につながっていく。まとめると、
作業的要素を取り入れながら、やれそうな小さな目標と達成感を積み重ねていくことによって集中力を養い、大きな目標を達成できるようになっていく題材を開発する。
ということになる。さらに、
ステップ学習と作業性を組み合わせると ともに、それぞれの力量に合わせて難易度の違う目標を選択できるようにする。
と、より効果的である。それらの考え方を取り入れた題材例として、次の「② 達成できそうな目標の設定と選択」の題材「切り絵」を参考にしていただきたい。
私はこれまで、「セットもの」をあまり使わないようにしてきた。それは、自分で工夫する部分が少なく、独創性や創造性を期待しにくいと感じてきたからである。しかし一方、私は「セットもの」の代表のようなプラモデルが大好きである。プラモデルには、説明図通りに作れば必ずできるという安心感がある。そして、複雑なものでも少しずつ組み立てていくと完成でき、一定の見映えもするようになっている。一から自分の力で作り出すことが難しいものでも、適切なガイドがあれば達成できる例である。 私の場合、何よりも単調な作業そのものがストレスの解消に役立っている。仕事に疲れたときでも、「帰ってからあの続きをやろう」というわくわくとした気持ちになれる。
単純な作業ほど、慣れてしまえば苦にならないものである。私は中学高校と陸上部であったが、跳躍が専門だったので長距離走が苦手だった。駅伝にかり出され、練習していたときのことである。ある距離を超える所まで走ると、体が急に楽になって幾らでも走れそうな気分になる。脳内にドーパミンが分泌され、一種のトランス状態になるのだろう。制作にも同じことがいえる。オリジナルで独創的なものを作り出そうと力んでいるときは苦しくてはかどらないが、エスキースから徐々に大きくしていったり、作業性の高い行程を多く取り入れると取り組みやすくなる。単調な作業の繰り返しがリラックス感を生み出し、集中力につながっていくのであろう。
② 達成できそうな目標の設定と選択
ここでは、前頁で述べた「作業性」を導入部に取り入れ、さらに達成できそうな小さな目標を設定した題材として、「切り絵」を紹介する。
題材例「切り絵」
制作手順 |
① 図案を選び、トレーシングペーパーに輪郭を鉛筆でトレースする ② 黒の台紙の裏面に白のカーボン紙を当て、線をなぞって図案を写し取る ③ 白い線に沿って、デザインカッターで切り抜く ④ 配色を考え、トレーシングペーパーの輪郭線を手掛かりにして色紙を切り、裏面に貼り付ける |
準備物 |
「切り絵」セット(黒台紙1枚、白カーボン紙1枚、和紙10色、透明板1枚、デザインカッター1本) トレーシングペーパー、カッターマット、のり、はさみ |
この「切り絵」の題材では、下絵の善し悪しが出来上がりに大きな影響を及ぼす。切り絵独特の線と面の処理による図案化には、相当の考える力とデザイン力が要求される。そこで、生徒の力量に応じてA~Cの三つのレベルから選択できるようにした。
さらに、それぞれのレベルの評価の最高点を、100点、90点、80点とし、自分の力量を技術面と意欲面の両面から総合的に判断して、どのレベルで挑戦するかを決めさせた。
A … 自分でオリジナルの図案を作る
B … 自分で探した図案を模写する
C … 準備した図案から模写する
Cレベルで準備した図案は、当時、毎週朝日新聞に掲載されていた切り絵画家「滝平次郎」のカラー作品で、学校図書館司書がスクラップしていたものを使った。小さな事柄でも、自分で決めるという行為は大変重要であると考えている。題材の各所に、自分で選択するしくみをちりばめておくことが、意欲的な活動へと結びつけると考えた。
切り絵は、完成までの行程を
①「図案の転写」
②「切り抜き」
③「色の決定」
などの行程に分けることができる。
それぞれの行程には、
①「うまく写すことができた」
②「きれいに切ることができた」
③「バランスよく色を配置して、きれいに貼ることができた」
などの到達目標が設定できるので、その結果を自分で判定することができる。また、これらの小さな積み重ねによって、高次から自らの行動を見通すメタ認知力が向上し、大きな目標を達成するときに必要な能力であると考えている。
③ 苦手意識からの解放
私は、小さい頃から暗記科目が苦手で、英単語や社会の人名・地名、歴史の年代などを覚えることに苦手意識があった。出来事を関連づけずに丸暗記しようとしたからであろう。
反面、体験や経験を重ねて習得していく美術や音楽、体育、書道などの分野は好きで得意でもあった。
これらのこともあり、美術の授業では体験の中から自ら気づき、習得していくことができる手法を取り入れていきたいと考えてきたのである。様々な体験を通じて、生徒が自分自身で表し方や技法を見つけ出せたと思えることが大切で、そのことが大きな自信となり、次へのやる気につながったり、技能の向上や心情の充実に結びついたりしていくと考える。
また、それらの気持ちを起こさせるためには、指導者がじっくりと待ってやることが最も重要であろう。支援とは耐えることだといっても過言ではないと思う。
すぐに答えを教えないで、自分で見つけようという気持ちを起こさせることは、直接教えることの何倍も根気がいることである。
「学び」は、生徒自身の問題であり、指導者は学問や芸術という旅の案内人といえるであろう。創造の過程は、人生そのものであり、自己克服の過程ともいえる。
ここでは、様々な技法を用いた「CDジャケットの制作」を取り上げてそのことを考えてみたい。
題材名「CDジャケットの制作」
制作手順 |
① 12㎝×12㎝と12㎝×15㎝の画用紙を1枚ずつ用意する ② CDにしたいテーマを決め、それに関係する絵や写真を集める ③ スパッタリングや墨流しなどでできた模様を背景などに生かして使う ④ 絵や文字を模写・転写・コピーして貼る |
この題材では、「実際に使えるもの、使いたいもの」という目標を立てている。自分で実際に使っている姿をイメージすることによって、普段の生活に結びついた美術を意識させたいと考えたのである。
スパッタリングや墨流しなどの技法によってできた模様を、背景やコラージュの素材として用いる。写実的な描写力の不足による苦手意識を、一時的に解放することが目的である。さらに、素材として用いる人物などの写真や絵についても、コピー機で拡大縮小したり、それらをトレースしたりしてもよいことにした。
全作品100点を超えるCDジャケットの、表と裏の両面が見られるような展示方法を考えた。教室後部の壁面前にクリップを通したワイヤーを数本張り、作品をぶら下げて展示した。なるべく多くの人が用いた技法やアイディアを共有し合えるように、全員の作品を展示することにしたのである。