(b) シュプランガーの職業教育
近代国家ドイツの成立と同時に国民学校が設置されていったが、人々はまず哲学から教育に入るべきとした考え方に対し、シュプランガーは、「単に現在の個人の特性に適合させるだけでなく、将来的伝法をも見渡して個人の特性が成長するよう支援する。つまり生徒の現状にあわせて職業指導を行うのではなく、現在の生徒が成長するプロセスを意味していなければならない。」※(3)としているが、田中潤一氏はこのことに着目し、「職業教育(キャリア教育)は、単に生徒の個性や素質に基づくだけでなく、社会的・経済的な要求も配慮して行われなければならない。」※(4)と述べている。
このことは、今起こっている問題に対処するだけでなく、社会の要請も踏まえて将来どのような児童生徒を育成していくか、造形教育に関わっていくかが重要であるということであろう。職業は単なる個人の生活を支える仕事という役割だけでなく、社会に貢献するとともに協働して社会を形成する役割を担うことにもなるということであり、造形教育においても、将来を俯瞰し社会に働く役割をこれからも果たして行く役割があるということである。
(c) ハワード・S・ベッカーの発見的教授法
1960年代に、シカゴ学派に属するハワード・ベッカー(Howard S. Becker)らによって提唱されたラベリング理論※(5)は、《逸脱行動》に関する理論で、それまでの《逸脱行動》を単なる社会病理現象として扱ってきたアプローチとは一線を画し、《逸脱》というのは、行為者の内的な属性ではなく、周囲からのラベリング(レッテル貼り)によって生み出されるものだ、と捉えるものであった。
それまでの社会病理学的なアプローチでは、例えば“髪を染めている者が「不良」だ”などと勝手に定義することによって「《不良の定義》は客観的に成立する」としてしまうような、非常に単純な考え方をしていた。だが、ベッカーは1963年に初版が発刊された「Outsiders」においてそうした考え方を排し、「逸脱などの行為は、他者からのラベリング(レッテル貼り)によって生み出される」と指摘した。
社会集団は、これを犯せば逸脱となるような規則をもうけ、それを特定の人々に適用し、彼らにアウトサイダーのラベルを貼ることによって、逸脱を生みだすのである。この理論は、従来の逸脱論が逸脱者にばかり着目していたのに対し、規則をつくり執行する人々と逸脱者を対等に扱い、双方の相互作用過程として逸脱を捉えているのである。
ベッカーの同理論は、ロバート・キング・マートンの自己成就的予言やE・M・レマートの第二次逸脱といった概念を基に発展した。ベッカーの理論はやがて「ラベリング理論」と呼ばれるようになり、逸脱論の中に新たな流れを生みだしてゆくことになったのであり、社会学史上重要な理論であるとされている。
美術教育においては、周囲のラベリングによって造形表現の評価が作り出されてしまうところが授業場面でよく起こる。ひどいときは教員がその役割をしてしまうこともある。創造的活動を妨げない評価や支援の在り方が必要であろう。
また、一般的によく聞かれる、「うまい絵は写実的でそっくりに描けているものである」や、「絵を描いたり物を造形する能力は生まれもつ才能である。」というような、誤解や思い込みが形成される状況なども一種のラベリングといえる。それらの誤解を解くには、社会性や時代性が起因するのか、指導者や学習者の価値観の形成過程に起因するのかを見極めるとともに、指導者や学習者、保護者等との対等な関係性の構築が大切であろうと思われる。
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