3 研究内容とその考察
(1) 教育に関する教授法の歴史から探る
ここでは、18世紀頃から主に教育分野で研究されてきた教授法について、美術教育を進める上での視点から考察しながら本主題に対する有効な手立てや考え方を探っていきたい。
(a) ルソーの実物教育
ルソー(1712-1778)は、他の啓蒙思想家が学問や芸術等の進歩によって不合理なことを革新していこうとしたのに対し、学問・芸術の進歩が人間を堕落させたととらえ、自然状態への回帰を主張し人為的なものを排除すべきとした「消極教育」を提唱した。そしてその際、感覚器官を鍛え実物を通じて正しく物事を理解するため「実物教育」が大切だとした。
具体的には、理性を「感覚的理性」と「知的理性」に分け、「感覚的理性」の段階では視覚や聴覚器を鍛えることによって外的対象を正確に捉えられるようになり、この経験が数的判断力や推理力の基礎になるとし、「知的理性」の段階では感覚的内容を概念や観念へと高めることになるとした。問題点としては、具体的事実に即した教育のみが有益だとしている点にあるといわれており、これらの実践に基づいた教育思想や学校教育の方法は、以降のペスタロッチに引き継がれていくようだ。
美術教育では、実物を使った学習場面が多いことから、この実物教育の考え方については抵抗なく受け入れることができるが、元々はそのようにして進歩してきたはずの学問や芸術が観念的な産物になったという解釈に興味をもった。歴史は繰り返されるようで、現行の学習指導要領の教科における評価規準である4つの観点からも、「感覚的理性」は「創造的な技能」の段階で、「知的理性」は「発想や構想」の段階でそれぞれ必要な力と解釈することができ、ルソーの実物教育の考え方が取り入れられていると思われる。
(b) ペスタロッチの直感教育
ベスタロッチ(1746-1827)は、人間には動物的本能とは別に人間固有の能力があるとし、「心情」「精神(知的発達)」「手(技術力)」の3つの素質が、人間的な本性を形成するとした。そして、それらの能力を伸ばそうとする衝動はどの子どもにもあり、それを自然に伸ばすことが教育の役割で、いずれの能力の育成も偏ることなく調和的に保たれること(陶冶)が人間らしさに結びつくとしている。そして、それらの陶冶にも「直感」が基礎になると考えていた。ルソーと似た主張をしているが、直感の中に概念の要素があることを見い出して構造的に体系化しようとしており、具体的感覚に基づいた直感教授法のみを主張するのではなく、感覚を介さない教授法を是認しその優位を認めている。
また、ペスタロッチは「極めて単純な始点から出発しつつ、飛躍のない順序に従って平易な物から困難なものへと導き、生徒の諸能力の成長と同じ歩調を保ちながら絶えず活気づけ、決して疲労させ、また消耗させることなく、生徒自身から出発させる」*(1)と述べており、コメニウス(1592-1670)とほぼ同じ考え方をしていたようである。
以上のことから、人が元来もっている能力やそれを伸ばそうとする衝動を調和的に育成することが教育であり、教育者は学習者が対象から触発された直感によって生じた興味を伸ばせるようにいかに働きかけるかが大切かということである。例えば、その触発された興味を持続するための一つの手立てとして、平易なものから困難な物へと導くステップ学習的な教材作成や教授法が有効であると考えられる。美術科教育法では、この手法を学習指導案作成や模擬授業の進め方で取り入れたいと考えた。
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